会長あいさつ

日本ペドロジー学会 会長 平舘 俊太郎(九州大学)

 私たちの足下にあり、存在することが当たり前すぎて普段は気にもかけない土壌。しかし、そこではとてつもない数の生物が実にさまざまな生命活動を営んでおり、それに伴って物質循環が起こり、結果的に水が浄化され、地球大気の成分組成が安定化され、生物多様性が維持され、私たちに食料を供給するなど、地球システム全体の健全性を支える非常に重要な機能を担っています。このような機能は、岩石を砕いただけの粉体では担うことはできません。岩石が長い時間をかけて風化とさまざまな土壌生成作用を受け、その構造が物理的・化学的に改変され、さらに生命活動に由来する有機物を取り込んで、その結果はじめてこのような機能豊かな土壌ができるのです。ペドロジーは、この土壌が生成するプロセスやその分類法を研究する学問です。
 土壌の特性は、場所によってさまざまであり、農業生産性にも大きく関わります。ペドロジーは、欧米では地質学や地形学と同様、自然科学や理学の一分野として位置づけられていますが、わが国では明治以来、農学として、あるいは土壌学の一分野として発展してきました。しかし、環境問題に対する関心が高まり、二酸化炭素や植物栄養元素など身近な物質についても適正な循環のあり方が求められる現在、土壌が果たしている機能やそのメカニズムを理解する必要性が必然的に高まり、その保全についても関心が集まるようになってきました。このようにペドロジーは、農業生産のための学問という側面だけではなく、環境問題などより幅広い課題に貢献できる素地を備えています。
 日本ペドロジー学会では、年1回、シンポジウムやポスターセッションを開催するとともに、野外巡検を実施しています。また、これとは別に、やはり年1回、ペドロジスト・トレーニングコース(以下、ペド・トレ)と題した研修会を開催しています。この野外巡検、ペド・トレのいずれでも、実際に野外で土壌断面を観察するとともに、その土壌の生成プロセスや分類について、多くの参加者とディスカッションします。ペドロジーの研究では、土壌断面を現場で観察することで非常に多くの情報を得ることができます。ただし、その情報の多くは定性的であり、場合によっては主観的に判断せざるを得ないこともあります。このため、土壌試料を実験室内に持ち帰り、理化学的・鉱物学的分析などによってより客観的な情報とすることが一般的です。この現場での観察と土壌試料分析は、ペドロジーを支える両輪です。しかし、分析結果を見ながら土壌断面を観察できるチャンスは、私たちペドロジストでも実は多くありません。これは、土壌分析結果が出るのは土壌断面調査の数か月後であり、土壌分析結果が出てきた頃にはもう土壌断面は埋め戻されていることが多いためです。このため、野外巡検とペド・トレは、経験豊富なペドロジストにとっても、土壌分析データを見ながら土壌断面を観察できる貴重なイベントとなっています。日本ペドロジー学会は、このような野外での土壌断面観察会を軸に、多くのペドロジー研究を支えてきました。そして、この活動方針は、今後も変わらないでしょう。
 現場での土壌断面観察会は、文字では伝えにくい知識や技術を伝承する場でもありますが、多くの会員が交流する貴重な機会にもなっています。ペドロジストは、熱い想いを持っている方も多く、それは研究の原動力でもあります。また、土壌断面観察会を企画・運営するのは学会活動を支える多くの会員たちですが、彼らの伝えたい・役立ててもらいたいという気持ちは純粋にボランティア精神によるもので、とても心温まるものです。美しい自然に包まれながら土壌観察会に参加し、その自然の成り立ちを理解し、その自然の将来の姿や今後の適切な管理を仲間たちと考えることは、多くのみなさんの研究意欲を高めるはずです。
 ペドロジーは、土壌が関わるすべての学問にとって基礎であり、多くの分野の発展を支えることが期待されます。そのためのヒントは、サンプル瓶に収められた土壌試料だけでなく、現場のリアルな土壌断面からもたくさん見つかります。ペドロジー学会は、フィールドワークをこよなく愛するメンバーと交流しながら、土壌が関わる研究を進める新たな仲間をいつでもお待ちしています。