レッドデータ土壌

日本ペドロジー学会主催公開シンポジウム
「わが国の失われつつある土壌の保全をめざして―レッド・データ土壌の保全―」


平成11年度文部省科学研究費補助金研究成果公開促進費「研究成果公開発表(B)」の補助により3月16日に開催された日本ペドロジー学会公開シンポジウム「わが国の失われつつある土壌の保全をめざして ~レッド・データ土壌の保全~」は、多数の出席者を迎え、盛況の内に終了することができました。
 環境庁、国立科学博物館、(財)日本生態系協会、(社)日本土壌肥料学会、(社)日本環境アセスメント協会には、ご後援いただきました。ここに御礼申し上げます。また各講演者の先生方、会場である明治大学の竹迫 紘先生、日本ペドロジー学会ボランティアスタッフの方々には、大変お世話になりました。どうもありがとうございました。 各講演者の紹介及びの講演概要は以下のようになっております。また、当日、配布された資料は、「ペドロジスト」第44巻第1号の新刊書案内で紹介させていただきます。

照 会 先:筑波大学応用生物化学系 田村憲司(TEL:0298-53-7201

      FAX:0298-53-4605  Email: tamura@agbi.tsukuba.ac.jp

菊地晃二 (日本ペドロジー学会会長、帯広畜産大学教授)

北海道立天北農業試験場、北海道立中央農業試験場において、北海道の農業および土壌肥料の普及・発展に従事し、平成7年より現職。わが国の代表的な土壌博物館の一つである「土の館」の設立に貢献。現在、農業の現場へのペドロジーの普及だけでなく、数多くの弟子達を育て、土壌学の後継者育成に心血を注いでいる。

■ 土壌のレッドデータブックの作成について

 人間は、食料を得るために、森林を伐採して農地とし、農業生産をあげてきた。その農業開発に伴って貴重な動植物や地形が失われてきた。土壌においても、学術上貴重な土壌が急速に失われつつある。動植物に関しては、レッドデータブックが作成され、保護すべき野生種にどのようなものがあるかが認識されるようになり、それは自然環境の保全に大きな力を発揮した。
 土壌に関しては、残念ながらそのような動きはなかった。しかし、わが国の土壌においても、保全上重要でありながら、破壊されつつある現状をふまえ、日本ペドロジー学会では、数年前から土壌のレッドデータブックの作成に取りかかってきた。今回、レッドデータリストの作成がほぼ終了の段階にある。土壌は、自然環境保全上失ってはならない資源で、人類の生存を支える資源であるという認識を、どのように啓蒙し、一般化していくかが重要な課題として残っている。


永塚鎭男 ((有)日本土壌研究所代表取締役)

農林水産省農林技官を経て、東京教育大学農学部助教授、筑波大学応用生物化学系助教授、同大学教授を歴任。平成10年退官後、現職。平成10年まで日本ペドロジー学会会長としてわが国の土壌生成分類学の発展に尽力。「土壌生成分類学」(養賢堂)をはじめ著書多数。わが国で最初の土壌図鑑である「原色日本土壌生態図鑑」(フジ・テクノシステム)を執筆。

■ 我が国に分布する特徴的な土壌について

 我が国の自然環境は北から南へ、亜寒帯常緑針葉樹林気候帯・冷温帯落葉広葉樹林気候帯と暖温帯落葉樹林気候帯・暖温帯照葉樹林気候帯・亜熱帯常緑広葉樹林気候帯の順に配列し、これらの気候帯・植生帯に対応してポドソル性土・褐色森林土・黄褐色森林土・赤黄色土が分布している。そのほかに母材の影響を強く反映した土壌として、火山灰起源の黒ぼく土、サンゴ石灰岩から生成したレンジナ様土・テラフスカ様土・テラロッサ様土、泥灰岩に由来するグルムソル様土、超塩基性岩から生成したチョコレ-ト褐色土などがある。さらに地下水やかんがい水などの水の影響を受けた土壌として泥炭土・黒泥土・グライ土・灰色低地土.褐色低地土・疑似グライ土・停滞水グライ土などがある。また土壌生成が始まったばかりの未熟な土壌として、堅い岩石上の固結岩屑土、砂丘や砂浜の非固結岩屑土、火山放出物起源の火山放出物未熟土や未熟黒ぼく土などがある。


平山良治 (国立科学博物館主任研究官)

日本の土壌微細形態学の第一人者。国立科学博物館筑波研究資料センター筑波実験植物園において、植物と土壌の相互作用について研究。また、生涯学習の中で土壌学の普及のため邁進しており、今年12月に開催される企画展「土壌と環境展(仮称)」では、企画責任者として携わっている。

■ 緊急に保護されなければならない土壌について

 動物や植物などのレッドデータブックが出ているが、それらの生活の場である地面つまり土壌が今や危機に瀕している。植物や動物は消滅してなくなり、目でわかる、なくなるとその重要性が認識できる。しかし土壌はそのものはなくならず、今までのようにそこにある。ところが、その土壌をよく見てみると土壌ではなく“土”だけになっている、そこに生活している生き物たちが作り出した“生活環境の場”は私たち人間によって無惨にもなくなってしまい、似て非なるもの“土”だけが残る。 アンケートから判明したことは、赤・黄色土の西南諸島、沖縄県それに東京都小笠原島等は、農地や宅地開発の波にさらされている。沖縄県の隆起サンゴ起源の土壌もしかりである。また赤・黄色土に関しては、本土内では静岡県、兵庫県などの丘陵地帯に分布しているために、これも農地や宅地開発の波にさらされていることが判明した。同じ理由で全国的に分布する危機的土壌に、低地、湿地に分布する低地土、グライ土、水田土、黒泥土等ある。黒ボク土は、北海道や関東九州などで大規模な農業構造改善事業のためにテフラとしての自然断面がなくなりつつある。森林土関係では、ポドゾルが最も多く褐色森林土は少なかった。黄褐色森林土は、赤・黄色土と同じように丘陵地帯に分布するために開発によって危機的状況にある。蛇紋岩地帯にある褐色森林土は、危機的状況があまり報告されていない褐色森林土でも状況が異なり、いくつかの報告が来ている。
 今後の課題としてはこれらの保全をどうしていくかまた面積的にどのように広がっているのかさらに詳細な調査をしなければならないし、人の経済活動と、生活環境としての自然との調和をいかに取るかが課題である。

池谷奉文 ((財)日本生態系協会会長)

政策提言型の環境NGOである(財)日本生態系協会、(財)埼玉県生態系保護協会の会長として活躍。建設省建設技術開発会議委員、建設省水辺環境アドバイザー、(社)日本河川協会理事等を務める。主な著書に「ビオトープネットワーク」、「ビオトープネットワークII」、「環境を守る最新知識」がある。

■ 生態系保全と環境NGO

 文明社会が誕生してから約1万年。その間、私たちは多くの自然資源を利用することで現在の豊かな社会を築いてきた。私たちの生活は主として水・土壌・大気・太陽エネルギー、そして多くの野生生物からなる自然生態系によって支えられている。なかでも、土壌は、その生産力に依存する農業や林業などの第一次産業を通して、私たちが持続可能な社会を実現するための重要な生存基盤である。
 ところが近年、急激な都市化や集約的な農林業などの影響による土壌喪失が深刻化し、私たちの生存基盤の存続が問われている。多くの野生生物を育み、持続可能な農林業を支える土壌の重要性については、FAO(国連食料農業機関)の土壌憲章やドイツの土壌保全法に見られるように、世界では早くから認識されている。我が国においても一刻も早くその実態を把握し、私たちの生存基盤である土壌を確実に保全する法制度の整備が求められている。


中山隆治 (環境庁企画調整局環境影響評価課課長補佐)

1991年環境庁入庁。自然保護局国立公園課保護係、瀬戸内海国立公園管理事務所、白山国立公園管理官、国会等移転審議会事務局及び国土庁首都機能移転企画課を経て、現職。技術指針関係の企画調整、環境影響評価技術全般の開発、アセスに関する情報公開事業等に携わっている。

■ 土壌の保全と環境影響評価

 環境影響評価、いわゆる環境アセスメントとは、高速道路・ダム・鉄道等の建設や宅地等の造成その他の事業に際し、事業者自らが、あらかじめ事業による環境影響について調査・予測・評価を行い、その結果を公表して国民や地方自治体などの意見を聞き、これらを踏まえてその事業計画に環境への配慮を取り込むための制度である。
 平成11年に環境影響評価法による新制度がスタートし、今まさに新しいアセスが行われています。土壌汚染以外の土壌の保全は、今までのアセスにおいては検討の外であったが、新しい制度のもとでは、「希少な土壌の保全」や「土壌の健全性の保全」といったことも検討の対象になる。土壌のRDBは、アセスのための重要な資料になると思われる。


松本 聰 ((社)日本土壌肥料学会会長、東京大学大学院教授)

鳥取大学農学部助教授、東京大学農学部助教授を経て平成元年から現職。全世界の砂漠化問題をはじめとする地球環境問題群の中での土壌環境保全研究の第一人者。現在(社)日本土壌肥料学会会長として我が国の土壌肥料学の発展のため尽力されている。地球環境科学(朝倉書店)をはじめ著書多数。

■ かけがえのない土壌の保全をめざして

 森林原野を切り開き,必要な糧を得ようと努力してきた人類は農業を生業とする生産活動が発達すると,以前よりも,もっと大規模に自然破壊を誘導し,その結果,保護されるべき多くの野生生物の絶滅の危機を招くに至らしめている.しかし,現在の人類による自然破壊活動の源は単に人類が従属生物であるという生物の範疇を遙かに越え,人類しか持たない「開発」「発展」「富」に価値観を見いだす特有の思考性に基づくものであって,「生態系の中の人類」を改めて問い直さなければ,早晩この地球上から多くの野生生物を育んできた土壌は消失して行くだろう.人類の遺伝子は豊かな原土壌と野生生物の存在のもとで安定的に形成されてきた長い歴史の産物であることを考えるならば,いま我々はどのような自然環境のもどで「人類」を維持していかなければならないか,その解答の一つを世界の生態系の中の農業生産を紹介しながら考察してみたい.


パネルディスカッション座長

 三枝正彦 (東北大学農学部教授)

東北大学農学部助手、同大学助教授、同大学教授を歴任。非アロフェン質黒ボク土の生成・分布・国際分類の研究をはじめ、黒ボク土の酸性障害と植物有害アルミニウムについて研究され、黒ボク土の酸性問題に関する研究で日本土壌肥料学会賞を受賞。我が国を代表とする土壌学者である。


総合司会

 上月佐葉子 (パシフィックコンサルタンツ(株))

日本ペドロジー学会会員。筑波大学大学院において「多変量解析によるわが国の森林土壌のプロトン消費量に対する成分別評価」を研究。現在、パシフィックコンサルタンツ株式会社北海道支社環境計画課に所属。環境アセスにおいて、積極的に土壌の評価・保全を取り入れ、その指導的役割を担っている。